お初の悲しい恋物語
たらいの船で通った九十九日。叶わなかった恋
『島の乙女のはや胸に、秘めて高鳴る琴の緒の断たれて悲しい恋の火よ』
昔々、初島が6軒しか住んでいない寂しい島だった頃、お初という17才の美しい娘がおりました。
賑やかな伊豆山のお祭に出掛けたお初は、そこで右近と言う若者に出会い、ひと目で恋に落ちました。
右近は、この島育ちの純朴な娘に言いました。
「百夜通えば嫁にしてやろう」
お初は約束通り、たらいに乗って通いました。
雨の日も、風の日も。。。
右近が灯す明かりだけを頼りに、暗い海を渡ったのです。
そして、あともう少しで願いが叶ったはずの九十九日目の夜、悲劇が起こりました。
お初に横恋慕した男が、目印の火を消してしまったのです。
お初は一晩中、暗い海の上をさまよい、とうとう波に呑まれて亡くなってしまいました。
お初の死を悲しんだ右近は、弔いのため諸国巡礼の旅に出ました。
一方、火を消した男は、七日七夜苦しんで、遂に死んでしまったと言う事です。
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お初の物語はこれで終わりですが、私は勝手に続きの話を想像してニンマリしています。
初島には『お初の松』と言う、とても立派な松があります。
初島にいらした事がある方は、ご覧になったでしょうか?
港のすぐ近く、スーパーの横にある、で〜〜〜〜ん!!と大きく曲がりくねった松がそれです。
そして、その横に貧相な松が1本生えているのをお気付きになりましたか?
私は密かに、その松の事を『右近の松』と呼んでいます。
そう、勝手にです。
お初は美しい娘でしたが、美しいだけではありません。
強く、逞しく、そしてかなり根性がある女性でした。
恋する乙女心だけでは、九十九日も初島から伊豆山まで通えません。
与謝野晶子さんが書かれた『初島紀行』を読まれた方は、そこに「熱海から、船頭6人で交代で漕いで2時間掛かった」と言う部分を思い出してください。
体格の良い男でさえ、交代で漕いで2時間ですよ!!
その海を、お初はたった一人、しかも暗い夜に“たらい”で漕いで渡ったのです。
九十九日の間には、雨の日も風の日も、嵐の日だってあったでしょう。
九十九日も通えた事は奇跡だったに違いありませんが、それにしたってお初はすごい!の一言です。
うちの義母なんて、たった1回、義父の釣り船に乗って熱海まで行っただけで、もう2度と“小船”になんか乗らない、と決めたほどです。私に至っては、1度だって乗りたくありません。
さて、話を元に戻しますと、私はお初と右近はあの世で結ばれ、初島に所帯を持ったと思っています。
思い出の伊豆山が見える場所で、松に生まれ変わった訳です。
そして、お初はかなりの『かかあ天下』になりました。
横にいる右近は、ただボ〜ッと立ちすくむばかり。
尻に引かれっぱなしの右近ですが、これも仕方ありません。
17才の娘だって、年を取ればおばちゃんになります。
しかも、お初は最初から強く逞しい。
だいたい、島育ちの純粋な若い娘を捉まえて「百夜通って来い」なんて、なんとまぁ、思いやりのない、ひどい事を言う男でしょう。
お初の男の趣味にとやかく言う筋合いはないですが、きっと色男を鼻にかけていたに違いありません。
お初が死んでから改心したのはわかります。でも、それでは遅過ぎます。
そんな男は、生まれ変わって結婚したら、尻に引いてやって当然なのです。
そんな『かかあ天下』を長い事続けていたお初ですが、ここ数年受難が続いています。
最初は教員宿舎工事中、お初の松の下を通ったショベルカーに、その見事な枝を折られてしまいました。
そして、2004年の秋、大型で強い台風22号が初島上陸を通り、またもやお初はその枝を折る災難に合ったのです。
現在のお初の松は、折れた枝の痕が痛々しく、ちょっと控えめな佇まいです。
そして、その横にいる右近の松が、ちょっと心配そうにお初を見下ろしている・・・。
威張ってばかりいたお初も、きっと右近の優しさが身に沁みているでしょう。
でも、「ちょっとあんた、見ているだけで、何で助けないのよ!」なんて言っているかもしれません。
お初と右近の松には、いつまでも元気でいて欲しい、そんな風に思う初島の嫁でありました。
末永くお幸せに♪(・・・?)

重い幹をたくさんの添え木で支えてもらっている立派な『お初の松』(右)と
私が勝手に名づけた、やっぱり貧相な『右近の松』(左)
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