初島の歴史と伝説



初島の畑で見つかった縄文土器

意外にも初島の歴史は古く、島内には縄文時代の遺跡が8箇所あり、土器や石器、住居跡などが畑などから発見されています。
縄文時代早期から晩期初頭にかけての全ての遺跡が採掘されている事から、今から遥か約7000年もの昔から、初島の集落が形成されていた事がわかります。
特徴的なのは、熱海市内で見つかっている縄文時代の遺跡の中でも、約3500年前のものは、伊豆山とこの初島だけであると言う事です。
それ以前の時代の遺跡は数十箇所で発見されているにも関わらず、不思議な事に、“3500年前”と言う時代の遺跡は、この2箇所を除いて、熱海には無いのだそうです。
初島は、伊豆山とゆかりの深い所ですが、その繋がりは、縄文時代に遡るのかもしれません。

初島で見つかった縄文石器の中には矢じりもありました。
この発見によって、初島に住んでいた縄文時代の人々は、狩りをしていたと推測する事ができます。
今でこそ小動物以外は住んでいない初島ですが、遥か昔は、鹿などの大きな動物が住んでいて、それら獲物を狩る光景が多く見られたのでしょう。
また、漁に使っていたとされる石錘も見つかっています。
島の人々の漁師としての遺伝子は、こんな昔から受け継がれて来たのですね。

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近年、熱海サンビーチ沖の海中に、古代遺跡と思われる石が見つかって話題になりました。
遺跡が沈んだとすると、初島はもっと陸と近かったのかもしれませんし、それどころか、熱海と陸続きだった可能性も考えられます。
熱海沖の遺跡の研究が進むと、そんな謎が解き明かされるのではないか、そう思うと、楽しみが1つ増えたような気がします。


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siryoukan.jpg 初島で発見された土器や石器類は、
初島海洋資料館2階に展示されています。
初島にお越しの際は、どうぞお立ち寄り下さい。
(入館無料 火曜定休)

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初島の昔々の物語

初木姫の伝説
初木神社にまつわる神話



今から約2300年前、五代考昭帝の頃のお話です。
日向から東国順憮の途中、伊豆山沖で遭難した初木姫は、ただ一人初島へ漂着しました。
人恋しい初木姫は、毎日対岸に向け火を焚いて合図を送りました。
ある日、伊豆山の伊豆山彦と言う男神がこれに応えました。
初木姫は早速、筏を作って伊豆山に渡り、遭初橋で伊豆山彦に出会い、2人のロマンスが生まれました。
その後、初木姫は伊豆山に登り、木の中に住む日精、月精と言う2人の子供を見つけて育てました。
2人はやがて夫婦となり、子孫は繁栄し、伊豆山権現の先祖となったと言われています。


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初木神社のお祭は、毎年7月17日に宵の宮、翌18日に本祭が行われ、白装束をまとった男性陣により、鹿島踊りが奉納されます。
今でこそ、女性が参加するようになりましたが、昔は男性のみで行われたお祭でした。
初木姫は女性なので、焼きもちを焼くらしいのです。
神楽に入る子供も男の子のみ、しかも長男だけだったと言いますが、現在は子供が少ない為、女の子も入れるようになりました。
伝統の祭も、少しずつ姿を変えながら、受け継がれています。




お初の悲しい恋物語
たらいの船で通った九十九日。叶わなかった恋


『島の乙女のはや胸に、秘めて高鳴る琴の緒の断たれて悲しい恋の火よ』


昔々、初島が6軒しか住んでいない寂しい島だった頃、お初という17才の美しい娘がおりました。
賑やかな伊豆山のお祭に出掛けたお初は、そこで右近と言う若者に出会い、ひと目で恋に落ちました。
右近は、この島育ちの純朴な娘に言いました。
「百夜通えば嫁にしてやろう」
お初は約束通り、たらいに乗って通いました。
雨の日も、風の日も。。。
右近が灯す明かりだけを頼りに、暗い海を渡ったのです。
そして、あともう少しで願いが叶ったはずの九十九日目の夜、悲劇が起こりました。
お初に横恋慕した男が、目印の火を消してしまったのです。
お初は一晩中、暗い海の上をさまよい、とうとう波に呑まれて亡くなってしまいました。
お初の死を悲しんだ右近は、弔いのため諸国巡礼の旅に出ました。
一方、火を消した男は、七日七夜苦しんで、遂に死んでしまったと言う事です。


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お初の物語はこれで終わりですが、私は勝手に続きの話を想像してニンマリしています。

初島には『お初の松』と言う、とても立派な松があります。
初島にいらした事がある方は、ご覧になったでしょうか?
港のすぐ近く、スーパーの横にある、で〜〜〜〜ん!!と大きく曲がりくねった松がそれです。
そして、その横に貧相な松が1本生えているのをお気付きになりましたか?
私は密かに、その松の事を『右近の松』と呼んでいます。
そう、勝手にです。

お初は美しい娘でしたが、美しいだけではありません。
強く、逞しく、そしてかなり根性がある女性でした。
恋する乙女心だけでは、九十九日も初島から伊豆山まで通えません。
与謝野晶子さんが書かれた『初島紀行』を読まれた方は、そこに「熱海から、船頭6人で交代で漕いで2時間掛かった」と言う部分を思い出してください。
体格の良い男でさえ、交代で漕いで2時間ですよ!!
その海を、お初はたった一人、しかも暗い夜に“たらい”で漕いで渡ったのです。
九十九日の間には、雨の日も風の日も、嵐の日だってあったでしょう。
九十九日も通えた事は奇跡だったに違いありませんが、それにしたってお初はすごい!の一言です。
うちの義母なんて、たった1回、義父の釣り船に乗って熱海まで行っただけで、もう2度と“小船”になんか乗らない、と決めたほどです。私に至っては、1度だって乗りたくありません。

さて、話を元に戻しますと、私はお初と右近はあの世で結ばれ、初島に所帯を持ったと思っています。
思い出の伊豆山が見える場所で、松に生まれ変わった訳です。
そして、お初はかなりの『かかあ天下』になりました。
横にいる右近は、ただボ〜ッと立ちすくむばかり。
尻に引かれっぱなしの右近ですが、これも仕方ありません。
17才の娘だって、年を取ればおばちゃんになります。
しかも、お初は最初から強く逞しい。
だいたい、島育ちの純粋な若い娘を捉まえて「百夜通って来い」なんて、なんとまぁ、思いやりのない、ひどい事を言う男でしょう。
お初の男の趣味にとやかく言う筋合いはないですが、きっと色男を鼻にかけていたに違いありません。
お初が死んでから改心したのはわかります。でも、それでは遅過ぎます。
そんな男は、生まれ変わって結婚したら、尻に引いてやって当然なのです。

そんな『かかあ天下』を長い事続けていたお初ですが、ここ数年受難が続いています。
最初は教員宿舎工事中、お初の松の下を通ったショベルカーに、その見事な枝を折られてしまいました。
そして、2004年の秋、大型で強い台風22号が初島上陸を通り、またもやお初はその枝を折る災難に合ったのです。
現在のお初の松は、折れた枝の痕が痛々しく、ちょっと控えめな佇まいです。
そして、その横にいる右近の松が、ちょっと心配そうにお初を見下ろしている・・・。
威張ってばかりいたお初も、きっと右近の優しさが身に沁みているでしょう。
でも、「ちょっとあんた、見ているだけで、何で助けないのよ!」なんて言っているかもしれません。
お初と右近の松には、いつまでも元気でいて欲しい、そんな風に思う初島の嫁でありました。
末永くお幸せに♪(・・・?)

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重い幹をたくさんの添え木で支えてもらっている立派な『お初の松』(右)と
私が勝手に名づけた、やっぱり貧相な『右近の松』(左)

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